
Linea oro の誕生・・・秘話
Casatiの工房から、それほど遠くない場所に居を構えヨーロッパのサイクルスポーツの写真とかそれに関する物書きに活躍している砂田さんから、Casatiを販売する日本の代理店が、無いのは残念だとの話を会うたびに聞かされていた。たぶん、記憶に間違いが無ければ2000年前後だったような気がする。以前の日本の代理店は、取扱いを止めてしまったそうだ。当初は、イタリア語が堪能な彼が注文してくれるイタリア料理とワインを楽しむ事に夢中で、CASATIを扱うなんてことは、ぜんぜん考えていなかった。数年後、仕事で何度かイタリアを訪問している時に、たまたまCASATIの工房を訪問する機会があり、この古いカタログを見つけた。1995年のもので創立75周記念のカタログだった。ある意味ケバくて、イタリアの田舎臭さが表現されているトマジーニに比べて、上質で清楚なやわらかさを感じた。フィレットブレイス溶接の滑らかな曲線は、トマとは対照的なナニを感じて僕のハートを揺さぶった。トマが彫りの深いソフィア・ローレンならば、このカタログのLASERは、カサブランカに出てくるようなイングリット・バーグマンみたいな、やるせない繊細な魅力を十分すぎるほど醸し出していた。
2代目ジャンニ、3代目のマッシモ・カザーティにこれを再度作って欲しいと懇願したが、最初の彼らの言葉は、「なんでいまさら、鉄なんだ?それに、今は異型チューブの軽量スチールのLASER(デタEOM16.5パイプ)の方が、性能は圧倒的にいいぞ!」とつれない反応だった。
ボクは、日本は、細身のラウンドチューブのスチールが人気なんだと反論した。(現在のスチール系のパイプは、モリブデンは含まれていないものが多いので、あえてクロモリと僕は言わないようにしている。イタリアのハイエンドスチールは、カタログを正確にみるとニバクロム鋼=ニッケルバナジウム鋼が多い)米国の東部でのスチールバイクの流行の兆しなども、自分なりに説明したつもりだったが、なかなか納得してくれなかった。

僕は、イタリア語はできない。だから、あまり程度の良くない僕の英語で説得しなければならない。実は、CASATIも英語は苦手である。間に英語を理解する人を介在させなければならない。それが、逆に結構説明に手間取る事もある。その介在する通訳が自転車好きならばまだ良いのだが、そうでないと困る。ちなみに、Tommasniの場合は、長女のバーバラが英語に堪能なので助かる。Casatiファミリーの説得を、試みている時に、スチール系のスレンダーフレームが、いかに日本で重要なのか?について、”競輪”とか”中野浩一”選手の話に関連させて、あたかも、そのような需要があるような話をした事があった。その時、業界に疎い通訳が???になったりした事を記憶している。(現実は、競輪とスチールフレーム需要の関連性は低い!)CASATIファミリーは、競輪とか中野浩一の話は良くわかっていて、逆に彼らから、「チクリ・キヨ・ミヤザワのフレームは、競輪で活躍しているんだろう?」なんて質問が出てきて、これまた自転車を知らない通訳を困らせていたりした。”競輪”や”SHIMANO”そして、今日では、”東レ”最先端の素材(炭素繊維)や技術をを通じて、自転車好きの職人であるCASATIファミリーにとって日本は憧れの場所らしい。2代目のジャンニ・カザーティから、堺のSHIMANOの工場を見学して、当時の島野社長と握手したなんて自慢話?を少なくとも3回は聞かされていると思う。
ツールとジロの英雄ブーニョを知っている日本のおやぢ世代の気持ちをくすぐるには、前回に掲載した写真の95年の頃のCASATIのフレームデザインのほうが、薄くて太いデタのEOM16.5を使用したアルミチックなデザインよりも人気がでると僕は思っていたので、けっこう一生懸命説得した。実は、イチカバチで「このフレームを作らないのならば、日本市場におけるCASATIの販売代理権を辞めることも検討しなければならない。」と言ったこともあった。家族で経営しているこの小さな工房は、自転車をあまり良く知らない変なワガママな日本人の言い分を半信半疑ながらも最終的には引き受けてくれた。彼らと親交のあるプロカメラマンの砂田さんも、機会在る毎に援護射撃してくれたようだ。
ただ、仕様を決定する時に、最終的にはリアディレイラーケーブルの内蔵を諦めざるを得なかった。彼らは技術的にパイプが細いので無理だと言っていた。でも、僕は手間からくるコストアップが本当の理由ではないかと思っている。参考までに日本のビルダーのレベルのマツダさんも、同じようなもの(しかも、こっちはブレーキケーブルも内蔵だ!)をその昔こしらえたが、もう2度とやらないと言い切っている。
(現在、マツダさんのお店に展示してある)
でも、彼らが特許をもつ、ヒドンシートバインダーは可能になったので、フレームのシルエットをすっきりと見せることができるようになった。素材を削りやすいアルミのフィレット仕上げは、クラインや他のいくつものブランドで見ることができるので、さほど珍しいことではない。でも、TIG溶接が普及している今日では、スチール系フレームでこの手間のかかる仕上げをするブランドは皆無だ。あったとしても、下手糞で美しいとは言えない。
一度決めたから、やるとなったら彼らのセンスは抜群で、クリアに微妙にブルーを含んだ塗装は、このフィレットブレイズのシルエットをエレガントに見せつけ、このチャームポイントにハートを撃ち落されたは御仁は多いのではなかろうか?自転車を知らなくても、その美しさは何か感じるようで、突然デザイナーとか言う訳のわからんところから、雑誌のカバーに使いたいので、実車を貸してくれとの話が有った。これは、Casatiファミリーも含めて一番盛り上がった事件だった。その雑誌とは、なんとVORGUE。しかもそれのカバーに登場したことだ。これをキッカケに、このモデルをCASATI創立85周年記念モデルにしたいと話がCASATIから話が出てきた。もちろん、彼らの作った製品なので快諾したが、日本市場では、その年限りのイヤーモデルにしたくなかったので、日本では85周年記念モデルは、販売しないことにした。
ちなみに、この実車はプロトタイプだ。良く見るとこの理由がわかるはず。











